ファミリーレストランを退社し、無事渋谷のノルウェー料理レストランに社員として入社して、その当初は勿論右も左もわからず、先輩の言われた通り仕事を進めていたのですが、直ぐに自分の仕事を終わらせてしまい、先回りして玉ねぎの皮むき、ジャガイモの皮むき、明日の仕事や冷蔵庫の中の掃除、で仕込みの時間が過ぎて行き、レストランの営業時間へ移って行きます。私の仕事の出来具合は、スピードはあるものの丁寧ではない部類に入り、どちらかと言うと先輩に教えてもらったテクニックを見様見真似して、ただ仕事をこなしてる誰でもできる技術、厳しく言うと『自分らしさがない』プロの世界で言うと、案の定、数か月たってそこを指摘されたのです。『料理においての自分らしさ』とは何か？どうしたらいいのか？悩みました。1～2か月悩みました。しかし、なかなか答えが出ず、先輩に聞いても「それ位分かるだろ！」でも私には分からないのです。ファミリーレストランの時は上司が導いてくれましたが、職人の世界は下から這い上がる世界と言う事に気付き、偶々先輩が料理のテクニックの本を見ているのを発見し、「これだ！」と心の中でガッツポーズをしましたね。早速仕事終わったら、本屋に行きました。一番最初に買った本はフルーツのカッティングの本ですね。オレンジ、グレープフルーツ、パイナップルで籠を作ったり、マスクメロンで白鳥を作ったり、ぶどう、で花を作ったり、キウイで薔薇を作ったりしてました。本を買う事により、料理に対する実感を手に取るように掴み、この時期が一番料理に対して『面白い時期』でした。仕事が終わった後も先輩にウイスキーの水割りを持って行き、「先輩、オーブンと調理器具借りても良いですか？」と聞くと「いいよ、がんばれよ。」そして、タルトやババロアやムースなどを作ったり、「お腹すいたので夜食作っても良いですか？」と聞くと「味見してあげるから俺の分も作りなさい」ピラフを作ってましたね。そういう姿を見て料理長が、「昨日作っていたタルト持って来なさい」「これ、コース料理のデザートで使っていいぞ。今後も試作で作ったものは味見するから。合格だったらコース料理で使っていいよ。」楽しくて楽しくて仕方なかったです。そういう日々が続き、こんなにも仕事に対するやりがい、有難みはとにかく『嬉しくて嬉しくて』しかも歳にして19歳、20歳だったので更に仕事に『若さ』という勢いが付いていたのを思い出します。夜の営業時間が終わってからの料理研究時間は、僕にとって楽園でした。このあと、更なる刺激、即ち、目標努力が訪れて来るのです。『まかない担当（従業員の食事）』です。これは苦労しました。料理を理解しているかしてないか。手を抜いてるか抜いてないか。まかないと仕事のバランス（時間）を計算してるかしてないか。最初の2つが理解するのに大変でした。料理自体が「まずい」と言われた時や、「また、から揚げかよ」、「また野菜炒めかよ」、「平森、生卵もってこい。（私が作ったおかずがあるのに卵かけご飯です。）」悔しかったです。何とかして「美味しい」と言わせたい。この時も本をめくりましたね。3~4冊本を並べて似た料理、作り方の違いを研究したのです。共通点があったのです。【料理】＝【旨味】+【味】+【風味】です。【旨味】は出汁。　【味】は塩、砂糖。【風味】は味噌、醤油、ごま油、バジル、香草類、八角など。あとは積み木を組み立てるような感覚で自分らしさを表現し、ここまで頭の中が整理されていたのです。では、少し具体的にはどのような考えなのか？とんかつの例えで説明します。とんかつは、豚肉に塩コショウをして、小麦粉、卵、パン粉の順番でパン粉を付けます。ではこの調理法をヒントにとんかつからなるレパートリーを紹介いたします。（あらかじめ火を通り易くする為、生姜焼き用の豚肉スライスを3～4枚用意します。出来上がった後、トマトソースをかけるなどソースに味を付けるので、豚肉には塩コショウはしません。理由として豚肉と豚肉を重ねて揚げるので重なった部分がしょっぱくなってしまうからです。）小麦粉にスモークパウダー、ガーリックパウダーを混ぜ（以降、粉という）、豚ローススライスを一枚一枚に粉をまぶします。豚肉と豚肉の間にスライスチーズを挟み卵にくぐらせます。椎茸をみじん切りにし、乾くまで干したものを用意し、卵にくぐらせた豚肉とスライスチーズのミルフィーユに乾燥させた椎茸を衣として付けます。油で揚げて出来上がりなのですが、ここで普通のとんかつと比べてどうでしょうか？全く違うものが出来上がってしまうのです。私が本で学んだものは何か。3～4冊の本を並べて見抜いたもの。それは『似たものをイコールで結ぶこと。』これが私流のレパートリーの増やし方の原点なのです。では、小麦粉に似たものは？ここではスモークパウダー、ガーリックパウダー。他には粉チーズ、粉山椒、粉末の香草類など。パン粉に似たものは何か？ここでは椎茸をみじん切りにして乾燥させたもの。他にはコーンフレーク、（白、黒）ごま、（アーモンド、カシューナッツ、胡桃、ピスタチオ、落花生）を細かく砕いたもの。原点のとんかつから見ると全く別の料理が出来上がる無限大の考え方なのです。実に楽しかったですね。今思えば私は4人兄弟の末っ子。母親の存在がいかに大きいものなのか？毎日4人分弁当を作り子供たちである我々の健康を考え、毎日違うメニューで飽きさせないその苦労をこの当時知った訳であります。